動物園で起こったはなし

平石 祐一   
   ぼくら少国民
   勝っていると思っていた昭和18年夏
   上野動物園では公園課長から
   動物殺せの秘密命令が伝達された
   「銃を使うな 密かにやれ」…と 

           昨夏のミッドウエイ海戦のうそっぱちの戦果があり
           ガダルカナル島からは作戦上の転戦
           でも北の小さな島では玉砕
           谷崎潤一郎の細雪は連載禁止
           学徒は卒業が一年繰り上げ…

   飼育員はみんな シュンとしたが
   動物たちはお利口
   毒薬入りの肉やじゃがいもに頭を横にふる
   しかたなく
   首に鉄縄引っ掛け締め殺す 豹や熊
   切断した
   ニシキヘビの胴は数十分くねくねうごき
   金皿の上で
   心臓は一時間半鼓動を続けた

   ドンキー・花子・ジョンの三匹の象は
   毒入りじゃがいも何度やってもたべず
   毒入り水も首をふり 
   耳うら注射の針も折れ
   近寄るとやせた体起こし
   両前脚を上げ チンチンのかっこうする

   九月四日そらぞらしい慰霊祭が
   幕の後ろに 残った二匹の象の いたいたしい姿隠して
   執り行なわれ
   仙台動物園への移送を拒絶した東京市長官が焼香をあげる

   九月十一日花子
   二十三日ドンキーが力つき餓死した

   あれから何十年経った今も
   東条英機から贈られた韓国のクマ
   高松宮からの満州のクマ
   正力松太郎のアメリカヤギュウ
   これら 大型動物二十七匹
   みんなみんな夢に現れ
   無言のまま飼育主任の顔をのぞく
                   
  
                  
 原典「東京大空襲戦災誌第5巻、上野動物園では」1974.3.20発行
    財団法人東京空襲を記録する会
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