3月10日なが−い一日
平石 祐一
−級友桜井の文章から−
その夜 定例の空襲警報が出て
外へ出るとサ−チライトが劇場のように交差していた
何分経ったか 突然家の中で大音響
台所に焼夷弾の梱包鉄板がつき刺さっていた…
それだけで済んで警報解除
東京の東の外れの自宅から
荒川の堤へいくと西の川向こう 都の上空が真昼のよう
一帯の建物が一面燃えていた
夜明けだ
中学生のぼくは ともかく徒歩で学校へと
荒川を渡る橋へくると
顔中煤だらけ 目は真っ赤な人々の群れ
ふらふらこちらへ渡ってくる
正視できずにゆきちがう
平井地区は焼け野原 道路は瓦礫でふさがっている
総武線路ヘ昇るのが早道 枕木が落ち下がガランド−
こわごわ下みながら一歩一歩進んだが
近くにべろ−っと胴の赤く皮むけた馬が横たわり
黒焦げの真っ裸のいくつもの死体
見遥かすと 右から左 上野方面から東京方面
跡形もなく
レ−ルの上の綱わたりが続く
踏み出す足元から枕木がガサッと落ちる
川をいくつかわたったが
男はうつむけ 女はあお向けの水死体が一杯
死臭が押し寄せる
両国駅だ
この先隅田川鉄橋はとても怖くて渡れぬ
下へ降りると駅前ホテルはまだ燻っている
壁に黒焦げの人がよりかかっている
乳房が脇の下に白く見え
それにしがみつくように半焼きの赤ん坊だ
手を合わせる
ナムアミダブツ ナムアミダブツ
さらに浅草橋 秋葉原をすぎる
日暮里の学校も音楽室など焼失していた
先生は『危険だよ すぐ帰りなさい』
そこで地獄の街を日暮れまで歩いて戻ることにした