炎の馬
平石 祐一
油脂焼夷弾の火に追われ
にげ遅れた私は 一人
掘割り沿いに 逃れる道を求め
煤だらけになって走っている時
蹄の音 荒あらしく
背後から迫ってくる
振り返ると
炎の馬 たてがみから背中にかけ燃え上がり
眼(まなこ)血走しり 歯むきだし 迫る
恐ろしさに道端に蹲る
音遠ざかるのをみて 再び逃げ道を求め
駆ようとすると
炎の馬たち 駆け戻ってくる
またもや うずくまりながら
前も後ろも 火の壁と知る
炎の馬と死ぬか 炎の馬のひづめで死ぬか
また 荒々しくひづめ迫り
「青春つきるか
生かして 馬さん」
その時 火の壁が反対側へ
崩れ落ち
海に道できたように 火の間に
径がみえ
その先に明け方の空がみえた…
原典 東京大空襲・戦災誌小久保たか子さんの記録